『瓦礫から本を生む』 土方正志 24-294-3320
なにしろ、社名が<荒蝦夷>である。たかが地震なんぞで、絶対につぶれるわけにはいかない。そう覚悟を決めたのはいつだったろうか。<荒蝦夷>は「日本書紀」に記述のある東北の民の呼称である。徐々にみちのくに向かって圧力を強める大和朝廷。征服者に帰順する者たちもいれば、抵抗した者たちもいる。抵抗者たちが<荒蝦夷>と呼ばれた。(本文より)
土方さんは仙台で荒蝦夷(あらえみし)という出版社を主宰されています。東日本大震災によって会社も自宅も被災し、山形へ避難したのですが、しばらくは放心状態であったようです。元々災害に関する取材を続けていた彼に、こんな時だからこそあなたの出番であると多くの人が背中を押してくれました。そのおかげで避難生活を送りつつも、仕事を再開できたのだそうです。
被災後しばらくの間は、情報を得ることが厳しく、家族や知人のの消息を知ることすら難しかったのだそうです。そんな中、少しずつ状況がわかって来て初めて気がついたのが、他県の書店の方々が自分たちを援助しようとしているということでした。
激励の言葉より本を売る!
たとえば神戸の海文堂は、阪神淡路大震災の体験者ですから、自分たちにできることというのをすぐにわかってくれました。
「既刊をみんな送ってください。平台をあけて待ってます。」
瓦礫の中から本をかき集め、ガソリンを工面して車で山形まで運び、そこから出荷しました。
この本の中に、被災した人たちの話が沢山出てきます。
・被災地の女性たちが仕事を求めて風俗業界やAV業界へ流れていったという話。
・プレハブで営業再開した本屋さんもあれば、家族を亡くした本屋さんもあり、不幸を知らずに新刊案内をお送りして、「こんなときになんだ」と悲しみと怒りの電話をくださったという話。
・遠くで避難生活を送ることになったから定期購読やめさせてね、ごめんねってお客様がわざわざ電話をくれた。そんなこときにしている場合じゃないですから、お客様こそお元気でと答えたという話。
こういう話こそが、大事なことだと思うのです。
過去に被災した人たちの話もいろいろとありました。
1959年の伊勢湾台風で、襲来した高潮に、名古屋市では南区だけで1417人が死亡。潮が引いた泥の海に残ったたくさんの靴を拾い集めた場所に、「くつ塚」ができた。
伊勢湾台風が史上最高の犠牲者が出た台風だということは知っていましたが、「くつ塚」の話は初めて知りました。
こういう歴史はきちんと残して、後世の参考にすべきで、忘れてしまってはいけないことですよね。
失われてしまった人や物は戻ってきません。元々住んでいた土地に戻ることすらできない人が多いのだし、自分の命以外すべて失ってしまった人も多くいます。何年たっても「一区切り」なんてないし、「復興」なんて他所の人の言葉だと、何度も何度も繰り替えし語られます。
そんな中で、ちょっとホッとできたのが、第5章の「伊坂幸太郎との対話」でした。伊坂さんは荒蝦夷の雑誌「仙台学」にエッセイを連載していて、土方さんとの仲の良さそうな会話が収められています。そして、柳美里さんの解説も、とても愛に満ちていました。
この本の中で、またまた読みたい本が大量に出てきました。
・「復興の書店」稲泉連
・「それでも彼女は生きていく 3.11をきっかけにAV女優となった7人の女の子」山川徹
・「異郷被災 東北で暮らすコリアンにとっての 3.11」
・「その時、ラジオだけが聴こえていた」IBC岩手放送
・「調律師」熊谷達也
・「仙台学」
3320冊目(今年294冊目)
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