『驚きの介護民俗学』 六車由実 24-310-3336
民俗学者の六車さんは、大学を辞め老人ホームで働くようになりました。なぜ転職をしたのかの理由は語られていませんが 大学の研究では、農村や漁村の老人を訪ねていって聞き取りをするのですが、老人ホームなら対象者が向こうからやってくるということに気づいたからなのかもしれません。
老人ホームといっても、特老もあれば、デイサービスもあります。そこにいる老人たちの話を聞いていると、思いがけない発見があったのです。認知症で何度も同じ話をする人のことを、とかく鬱陶しいと思いがちだけれど、その人にとって大事なことが話の中に隠れていたのです。それを見つけ出していくと、これは間違いなく「民俗学だ!」と確信した六車さんは、多くの老人の話を聞き書きすることになるのです。
認知症の方に対する「回想法」という昔のことを話してもらう取組は以前からありましたけど、聞く側の都合でテーマを決めていたリ、時間で区切ってしまったりしていたのです。本来重視すべきは「老人自身が語りたいことを語る」ことなのだと考える六車さんは、できる限り自由に話してもらうようにしていました。そして聞き書きした内容を小冊子にして本人や家族に渡すこともしていました。
ご本人はもちろん、家族からも「お祖父ちゃんが戦争で苦労した話を初めて知った」というように喜んでもらえました。
認知症の人が繰り返す話を聞くのは、慣れない人にとっては苦痛でしかないのですが、なぜその話をするのか?を考えると、ちゃんと理由があるのです。でも、介護現場ではそんな余裕もなく、きちんと話し相手になることができずにいます。それぞれの人が持っている歴史を聞くチャンスがたくさんあるのに、それができないのがもどかしいと思う六車さんの気持ちが伝わってきます。
認知症でなくても、老人は現在の記憶はけっこう曖昧です。でも、昔のことは不思議なほどよく覚えています。子どもの頃に食べていたもの、どんな遊びをしていたのか、親の仕事のこと、断片的であっても懐かしく思い出すことがたくさんあります。そして、大人になってから誰にも言えなかったことも、きっとあります。遠くからお嫁に来て心細かったこと。田舎の言葉をバカにされたこと。戦争で辛い目に遭ったこと。などなど・・・
介護する側の都合ではなく、介護される方の尊厳を守るという意味でも、彼らの話を聞き、記録していく「介護民俗学」は、これからの時代に必要なものです。そして、急いで着手しなければいけません。その人がどう生きて来たのかを後世に残すための時間は、もう余り残っていないのですから。
3336冊目(今年310冊目)
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