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『調律師』 熊谷達也 25-11-3407

調律師

熊谷達也(くまがや たつや)

文藝春秋

瓦礫から本を生む」で紹介されていた本

 ピアノの調律師、鳴瀬玲司には、数人にしか伝えていない不思議な能力がありました。それは、音に関する共感覚なのです。ピアノの音を聞くと香りを感じます。心地よい音の時には心地よい香りが、良くない音の時には嫌な匂いを感じるのです。その能力は調律師の仕事にとても役立っていました。

 彼はかつてピアニストでした。その頃には音と色が結びついている共感覚(色聴)があったのですが、ある時から音と香りの共感覚に変わってしまったのです。

この7篇が収められています。

・少女のワルツ
・若き喜びの歌
・朝日のようにやわらかに
・厳格で自由な無言歌集
・ハイブリッドのアリア
・超絶なる鐘のロンド
・幻想と別れのエチュード

 

東日本大震災が発生したのは、本作「調律師」の第二話を書き終えてから三ヶ月余りが経過して、そろそろ第三話目に取り掛かろうとしていた矢先だった。
それですべてがリセットされた。元の私には戻れなくなった。~中略~
だからこの作品は、第六話目で大きく転調している。転調せざるを得なかった。(あとがき より)

 東日本大震災で、日常が突然失われてしまいました。著者の熊谷さんも、この物語の主人公の鳴瀬さんも、前と同じではいられなくなってしまったのです。

 調律の仕事では、機械を使ったり、音叉を使ったりしますが、最終的には耳で違いを聞き取るわけですが、鳴瀬さんの場合はそれだけでなく、嫌な匂いがなくなる、心地よい香りが強くなるという基準で音合わせをしていたのです。これは凄い能力です。

 音を合わせる(チューニング)という作業、高校のブラバンにいた頃は毎日やっていました。音叉でチューニングするというのは、最初は訳が分からない作業ですけど、繰り返しやっているうちに少しずつわかっていきます。管楽器の場合、演奏前に合わせていても、演奏して楽器の温度が上がると音が変わってしまいます。

 一度、音楽大学のホールで演奏する機会があり、その時に始めて見た、オシロスコープのようなチューナーに驚きました。音の差を目で見られるなんて50年前には夢のようなことだったのです。今は小型のチューナーがあって、ギター弾きの友達に見せてもらった時には隔世の感があるなぁと思いました。とはいっても、演奏中に音が変わってくることもあるので、自分の耳を鍛えることが重要なのは言うまでもないんですけどね。

 ピアノ業界の話もあり、いろんな意味で面白い小説でした。そして、あの日のことを忘れてはいけないということも心に刻まれた作品でもありました。

3409冊目(今年13冊目)

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