『大軍都東京 忘れられた日本の戦争遺跡を訪ねる』 黒田涼 25-48-3444
江戸時代まで外苑一帯は江戸の郊外で、旗本屋敷が点在し、幕末には一部に幕府の火薬庫ができました。維新後しばらくして、明治政府はそれまでの住民の多くを半ば強制的に立ち退かせて青山練兵場を作りました。
草木のなくなった練兵場のおかげで、信濃町は「砂の街」と言われました。ここで博覧会を開く計画が頓挫した後、明治天皇の遺徳を偲ぶ国民公園を作ろう、ということで多くの国民の勤労奉仕や権能の結果、神宮外苑ができました。明治神宮の「外苑」とはいえ、国民全体のための公園だったのです。
それがなぜか敗戦時に大部分が宗教法人明治神宮の所有物になってしまい、その収益源として今に至り、さらに大デベロッパーと組んで高層ビルなどを建てようとしています。何かおかしくないでしょうか?(あとがき より)
明治以降、東京には練兵場、兵器工場、飛行場、軍司令部など、軍の施設がたくさんできました。戦後はアメリカに接収されたものも多くありましたが、その後、ほとんどが民間や地方自治体の所有になりました。
団地になったり、公園になったり、スポーツ施設になったりしていますが、敷地内に当時の建物の一部が残っていたリ、史跡を建てたりしています。そういうものを著者は丹念に調べてらっしゃいます。
この本の中に、昔の航空写真が何枚も載せられているのですが、その中で皇居や宮家の部分だけが白塗りになっています。資料請求されて、役所が出す黒塗りだらけの文書の原型を見るような気持ちになってしまいました。
戦争の歴史だけでなく、古い建築物自体にも価値があります。開発のためにやみくもに壊そうとする人たちも、過去を黒塗りにしてしまう人たちなのだと思えてなりません。
図書館に生まれ変わった弾丸製造建物
陸軍の東京砲兵工廠銃砲製造の敷地に、現在は北区中央図書館があります。ここは元々は1919年(大正8年)に作られた275号棟というレンガ造りの建物で、関東大震災でもビクともしなかったそうです。1989年まで自衛隊が使用し、その後北区が土地ごと購入して図書館になりました。これは一度見に行きたいなと思います。
ドームシティの巨大煉瓦は軍工場の遺物
東京ドームホテル建築時に地下5mから掘り出された、東京砲兵工廠の建物基礎なのです。この場所にはかつて陸軍の兵器工場があったのです、ホテルになる前は後楽園球場だったのですが、基礎が余りにも強固だったので、当時は掘り起していなかったそうです。ホテル建設時にやっと掘り起され、現在はプリズムホールの横でモニュメントとなっているそうです。これはすぐ見にいけそうです。
こういう視点で東京を歩いてみるのも、平和を祈る活動であると思います。戦争は決して他人事ではないのですから。
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