『「書く」って、どんなこと?』 高橋源一郎 25-63-3459
・1時間目 「わたし」が書く
・2時間目 「考えずに」書く
・3時間目 「書けないこと」を書く
AIが文章を書いてくれるようになったって、やっぱりほとんどの文章を書いているのは人間です、どこかの誰か、それぞれがわたしであり、本当に書きたいことを書いている場合もあれば、心にもないことを書いている場合もあります。
高橋さん曰く「昼間のわたし」と「夜のわたし」がいて、「昼間のわたし」の方は世間から求められること、常識の範囲で書いています。礼儀正しいメール文とか、相手に受け入れてもらいやすいレポートとかは、こちら側です。
「夜のわたし」は「本当のわたし」とも言えます。こんなことを書いたら誰かに嫌われないだろうか?とか、誰も読んでくれないんじゃないか? とか悩むことなく、本当に思っていることを書きます。嘘をつく必要がないからスラスラ書けます。
2時間目で語っている『「考えずに」書く』は、「夜のわたし」について説明しています。通常文章を書くという話からはかけ離れているように思えますけど、このゾーンに入れるからこそ、大量に書けるし、これまでに想像もしなかったことを書けるのです。
この文章を読んでいて、「あっ!」と思ったのです。わたしにも、ちょっとだけど、そういう時間があると思ったんです。書くまではあーだこーだ考えていたのだけれど、書き始めるとそんなことはどこかへ行ってしまって、気がついたら文章が出来上がっているということがあるのです。そういう調子がいいときの文章は、後で直す必要もほとんどないというのも不思議でなりません。
昨日、「名もなき者」というボブ・ディランの若かりし頃の物語を描いた映画を観てきたのですが。彼の曲作りのシーンの中に、そういう「無意識」のようなものを感じました。
歌詞が頭に浮かんだら、これはというフレーズを見つけたら、とにかく紙に書く。そしてギターをつま弾きながらメロディーをつける。そのゾーンに入ってしまったら、他人の部屋だろうが、他人のギターだろうが、ピアノだろうが、お構いなし。その作業に没頭したら時間などどこかへ吹き飛んでしまいます。曲を作るというより、曲が降りてくるという感じがしたのです。
理屈じゃなく、何か湧き出てくるもの、それが文章になる。そういうものだなと、不思議な納得を得た本でした。
1時間目で紹介されていた「たまもの 神藏美子」がとても気になります。この本を読まなくちゃ!
3459冊目(今年63冊目)
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