『異なり記念日』 齋藤陽道 25-71-3467
「小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常」で、この本の中の写真を撮っていたカメラマンの齋藤陽道さんが気になって、この本を読むことにしました。なぜかというと、わたしの知人に陽道さんと同じように聴者の家庭で生まれたろう者の人がいて、子どもの頃の母親からの口話の訓練がとてもつらかったこと。手話を知るまで、ろう者と話したことがなかったことを聞いていたからです。
両親も兄弟も「ろう者」である家庭に生まれた妻(まなみさん)は、早期に聴力の問題がわかり、ろう学校で口話も学んだけど、ほぼ手話で生きてきました。
夫(陽道さん)は、聞こえないということが2歳の時に分かりました。聴者の両親の希望もあって、補聴器をつけて一般の学校へ通い、聞こえているフリをしていたけれど、今となってはその頃の記憶はないというのです。つまり、それほど緊張を強いられていたということなのでしょう。ろう学校に入ってからは、学校へ行くのが楽しくて、手話でしゃべりまくっていたのだそうです。
そんなふたりが結婚し、子ども(樹さん)が生まれました。そして、その子には聴力があることがわかったのです。
赤ちゃんが周りの人に自分の意志を伝える最初の一歩は「泣く」ということです。聴者ならその声をすぐに気がつくことができます。夜泣きがうるさくて寝られなくなるので、夫だけ別の部屋で寝てたという人も何人も知っています。
でも、この家では2人とも泣き声で気づくことができません。だから、スマホのタイマーを2時間ごとにセットして、振動で目覚めるようにしていました。そして、3人で川の字で寝て、両親は赤ちゃんの身体に必ず触れるようにしています。手で触ることで、そこにいること、息をしていることを確認していたのです。
樹さんは、すくすくと育ちます。少し大きくなってからは、お腹がすいたらお母さんの身体を叩くようになりました。泣いても気づいてもらえないということを理解したようです。
声かけをしながら手話で話しかけているうちに、樹さんも手話を覚えるようになります。このままでは手話だけしか覚えないのでは? と両親は心配していました。でも、まなみさんの姉の家に行った時には、そこの家の人たちとは音声でしゃべっていて、まなみさんには手話で話しかけるという区別が2歳くらいでついていたというのです。子どもの能力は凄いと陽道さんは驚きます。
「ことばの孤独」ってあるよね。冷めた「ことば」ばっかり食べていると、身も心も寒くなっちゃう。ぼくはそれがどうしても嫌でね。撮影をするときは、どんなに意味にはならないものであっても、たとえばまばたきとか、目線とか、体温とか。そういうものを、その人自身から向けられた「声」として受け止めながら撮るようになったわけよ。写真を始めてから、いろんな人に会って、いろんなやり方で関わることができるってことを知ってから・・・それからは「ことばの孤独」もマシなものになったな。P193
カメラマンの仕事をするとき、聴者のクライアントと打ち合わせをします。今はスマホがあるからかなり便利になったとはいえ、ことばをどれだけ伝えきれているかはよく分かりません。だから、ボディーランゲージとか、表情とか、いろんなものを感じることで陽道さんは、「ことばの孤独」を少なくしようとしています。
これって、聴こえる聴こえないの問題だけではないですよね。聴者同士であっても、上っ面のことばだけしか聞いていないとか、心にもないことを言っているとか、本当のことばを交わしていないことが、とても多いなと思います。
聴こえないことは不自由なのだと思うのは聴者のエゴなのかもしれないけれど、聴こえないことによって危険から回避することが遅れるというようなこともあります。
人それぞれに持つ弱いところを、少しずつ補い合って生きていくこと。それこそが人間らしい生き方なのだと、強く感じる本でした。この本と同時期に出版された「声めぐり」も読もうと思います。
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