『東京都同情塔』 九段理江 25-121-3517
近未来の東京、新宿御苑に刑務所を作ろうとしています。これまでの刑務所のように犯罪者を閉じ込めておくという考え方ではなく、犯罪者も人間であり、彼らの育った環境や周囲の人たちの影響で罪を犯した「同情すべきな人たちが快適に暮らす場所」というコンセプトで作ろうとしているのです。ですから、この建物の仮の名は「シンパシータワートーキョー」だったのです。
この建物を設計する建築家、牧名沙羅はこの名前に違和感を感じていました。安っぽいカタカナ言葉が嫌だったのです。日本だからこそ作ることができる施設なのだから日本語で名付けたいと思っていました。そしてつけた名称が「東京都同情塔」でした。
人道的であると、この塔建設に賛成する人もいれば、逆に犯罪者をどうしてこんな良い環境で暮らさせるのかと反対する人もいます。それぞれの勢力は相容れることなく、この塔はバベルの塔だと揶揄する人までいます。
先日視聴したNHKバタフライエフェクト「“神の国” アメリカ もうひとつの顔」の内容とシンクロするところがあって、色々と考えさせられてしまいました。アメリカで、聖書の教えを固く信じる「キリスト教福音派」という宗派があります。今や1億人近くまで信者を増やし、共和党の岩盤支持派でもあります。
禁酒法を作り、人種差別を容認し、進化論すら否定してきた彼らは、人種差別撤廃、女性解放、LGBTQなどに異を唱えてきました。聖書に書いてあることだけが正しいことで、それ以外のことはすべて噓だと主張します。でも、それは解釈の問題であって、同じキリスト教であってもカソリックとは相容れません。他の宗教のことを尊重することもありません。
キリストは「汝の隣人を愛せよ」と同時に「汝の敵を愛せよ」とも言ったはずなのに。
自分が設計した建物に愛着はあるけれど、それが何のために存在するのかには興味がない牧名沙羅。自分の名声のために無駄な建築物を作り続ける、実在する建築家に違和感を感じるわたしとしては、沙羅がその後、設計の仕事をしなくなったという所に潔さを感じたのです。
「こんな未来は嫌だ~!」という気持ちと、「もう、そうなってる」という現実が混ざり合って気持ち悪いけど、問題提起としてはアリだなと思う作品でした。
3517冊目(今年121冊目)
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