『開墾地』 グレゴリー・ケズナジャット 25-306-3702
日本で留学生として暮らすラッセル・シーラージは夏休みにサウスカロライナの実家に帰省しました。父と母は結婚してからこの家に住むようになりました。母はいなくなってしまったけど、父だけがここに住み続けています。ラッセルは母親の連れ子だから父と血はつながっていないけど、生物学上の父親には会ったことがないので、この人が自分の父だと心から思っています。
暖かい気候のこの地では、植物は絶大な力を誇っています。古い家へ裏庭の葛がどんどん伸びてきて、父は常にその伐採を続けています。
父は故郷のイランへ帰る気はないようです。でも、いつもカセットで聴いている音楽に合わせてペルシャ語で歌っています。英語はかなり話せるはずなのだけど、ネイティブと話すときはどことなく緊張しているのがラッセルにはわかります。
荒れた土地を固定させるために、アジアから輸入された葛が広く植えられた、英語ではkadzu となったが、南部方言を通過してカッヅーと発音されるようになり、そのうち原産地とのつながりはほぼ忘れられた。
葛は異国の地でもあんなに力強く生きているのに、人間はなかなか同じようにはできないのです。新しい土地に魅力を感じて、そこに根を生やそうとしても、自分が元々いた土地や人に、戻っておいでと後ろ髪を引かれるのです。
ラッセルは米国籍だけど、シーラージという苗字がイランのものだから、入国手続きでパスポートを見せると係員に怪訝な顔で見られてしまいます。たぶん彼が日本に入国する時には、多分そういうことはないのでしょう。
このシーンを読んでいて、昔、バスでカナダからアメリカへ入る国境でのことを思い出しました。日本、ドイツ、スイスなどの人はあっさり通過できたのですが、コロンビアやホンデュラスの人は通過にかなり時間がかかっていました。アメリカへ入国する南米やアラブの人へのチェックは厳しいという事を、わたしはこの時始めて目の当たりにしたのでした。みんなわたしの友達なのに、パスポートが違うだけなのに、なぜ?
ラッセルは日本語に興味を持ち、日本へ留学しました。将来のことはよくわからないけど、ここよりも日本の方が生きやすいような気がしています。それは、アメリカに対する違和感なのでしょうか。それとも、自分も葛のように、どんな場所であれ根を生やそうと思ったからでしょうか。イランからアメリカへやってきた父、アメリカから日本へ行こうとしている自分、父と子の生き方は、似ているようで似ていないのです。
3672冊目(今年306冊目)
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