『記憶する体』 伊藤亜紗 25-328-3724
幻肢は、「手足を切断した後も、あたかもまだ存在するかのように感じる現象」なのですが、そういう状態になったことがない人にとっては、とても理解が難しい状態です。「実際には存在していない足の指が痛い」という訴えを家族に信じてもらえず、医師に「そういう症状は、よくあることです」と言われて、やっと信じてもらえることが多いのです。
更に、この本で初めて知ったのですが、手足は存在しているけれど、神経などの損傷で感覚を失っている場合でも、幻視が現れることがあるのだそうです。寝られないほどの激痛があり、医師と相談し麻酔を打ってもらってやっと寝られるという経験をした方もいました。
幻肢を完全になくすことは困難ですが、症状を和らげるための方法が、少しずつわかってきました。
たとえば、物理的には腕があるが麻痺があって動かず、幻肢痛に苦しんでいる男性。麻痺した手にゴム製のレモンのようなものを握っています。マグカップのように、手から離れにくいような作りになっている。男性によれば、これを握ると、幻視の痛みが紛れるとのこと。
市販品では使いにくいので、自分のための道具を3Dプリンターを使用して作っている方もいます。この方の場合は、握りしめるための道具ですし、肩と腕を切除した方の場合は、身体のバランスを取るための「肩パット」を作って使用されています。
幻肢の原因は、脳から送られる運動指令と感覚フィードバックの不一致が原因と考えられています。脳は、たとえば上記の方だったら「右手はそこにあるでしょ」と指令を出しているけれど、実際には存在しないので返事がありません。脳は返事があるまで指令を出しつづけ、それが痛みの原因になるのです。つまり、脳内の地図と、現実の身体の地図が違っているために起きる問題なのです。弱くてもいいから「ここだよ」と存在を主張すれば、痛みが発生しにくくなるわけです。
脳は全身を制御するための機関ですから、あらゆることを記憶しています。ですから、その記憶どおりに配置されていない状況になると、誤った認識をしたり、暴走したりしてしまうのです。
若年性アルツハイマー型認知症の方の話も、とても興味深いものがありました。それまでは、何も考えずにできていたことが、いちいち考えないとできなくなってしまって、確認することも増えるし、身体の動きもゆっくりになっているから、自分が想定しているよりもずっと時間がかかり、体力が必要になりました。とにかく疲れるので昼寝などで休息を取ることがが大事だそうです。
義足を使っている方も同じようなことをおっしゃっています。自分の足なら何も考えずに歩けるけれど、義足の場合は「こう動かして」と考えながら歩くのだと。いずれの方も、これまでは脳におまかせの「オートマ」で動けていたものが、コツが必要な「マニュアル」で動いている感じになったというのです。
人間の体って、結局は脳が支配しているのです。歳と共に思ったように動かなくなっていく体とどう付き合っていくのかのヒントが、この本の中にたくさん詰まっていました。脳とどう折り合いを付けるのかって、難しいけれど面白い問題だと思います。
エピソード1 メモをとる全盲の女性
エピソード2 封印された色
エピソード3 起用が機能を補う
エピソード4 痛くないけど痛い脚
エピソード5 後天的な耳
エピソード6 幻肢と義肢のあいだ
エピソード7 左手の記憶を持たない右手
エピソード8 「通電」の懐かしさ
エピソード9 分有される痛み
エピソード10 吃音のフラッシュバック
エピソード11 私を楽しみ直す
〇関連書籍
『ぼくらしく、おどる』大前光市(エピソード3に登場)
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗
『みえるとかみえないとか』 ヨシタケシンスケ
3728冊目(今年324冊目)
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