『ハンチバック』 市川沙央 25-325-3721
ハンチバック(せむしという意味)という衝撃的なタイトルのこの本、読んだはずなのにレビューを上げていなかったことに気づき、再読しました。そして、なぜレビューを書けなかったかを思い出しました。
主人公の井沢釈華の背骨は、右肺を押し潰すかたちで極度に湾曲しています。中学生の時に学校で倒れてから、復学することが叶わず、現在は通信制の大学の授業を受けている40代の彼女。経済的に豊かだった両親が遺してくれた障害者用住宅で暮らしています。
釈華は人工呼吸器と痰吸引機と車椅子が必要だけれど、経済的には心配はありません。18禁TL小説をサイトに投稿し、そこで得たお金は寄附に回す余裕もあります。でも、彼女にはどうしようもない不満があります。それは、自分の存在価値です。通信制の大学生だから、職業欄に「学生」と書くことはできるけど、いつまでも学生でいられるわけではないし。
何よりも深く彼女を傷つけているのは、自分が女として扱われていないということなのです。妊娠しても子どもが生めないだろうことはわかっているけれど、せめて「妊娠して中絶したい」という夢を持っています。健常者から見たら「何を考えているんだ」と言われるようなことだというのはわかっています。でも、自分は障害者としてしか見られていないことに、どうしようもない怒りがあるのです。
文庫版では、小説「ハンチバック」と、「市川沙央・荒井裕樹 往復書簡」が収められています。この往復書簡の中で、市川さんは自分のような「異物」の存在が必要なのだと語っています。健常者は市川さんのような障害者を無意識のうちに「見えないものにしてしまう」のです。障害者は施設や病院へ送り込んで、健常者中心の世界には「いないことにしてしまう」という言葉にショックを受けました。
「優生思想」は危険な思想だと言いながら、障害者というくくりで区別していこうとしているのが現実社会です。「そんなことはない」と反論してみても、友達が妊娠したら「元気な赤ちゃんを産んでね」と言ってしまいます。電車の優先席が誰のためにあるのかを理解していない人が大勢います。(そもそも優先席を用意しなければならない社会というのが、すでに危ういのですが)
誰にだって、やってみたいこと、こうして欲しいと思うことがあります。なのに、それを我慢することを強要されるのはつらいことです。だから、釈華のように無理を承知であがいてみることを、誰も非難できないはずだと思うのです。その事実を突きつけられて、やっとわかるかもしれない、いや、わからないままなのかもしれない健常者のエゴが、わたしの中にもあるのだと強く感じました。
3724冊目(今年320冊目)
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