『河北新報のいちばん長い日』 河北新報社 25-337-3733
あの日 2011年3月11日、仙台に本社を置く東北地方のブロック紙・河北新報は壊滅的な被害を受けました。
河北新報本社ビルは残りましたが、紙面製作に必要なコンピューターが壊れてしまい、新聞を発行できない状態でした。でも、1本の電話がかかってきました。それは新潟新報からの救いの手でした。印刷はこちらでできるからという申し入れだったのです。
海に近い場所の支局は津波にのまれ、記者や販売店の方の被害も多く、こんな状態で新聞を出せるのか? そもそも読む人がいるのか? という声もありました。でも、編集長は断固として「新聞を出す」と決めたのです。そして地震翌日の朝刊は発行されたのです。そして、その新聞を見た人たちは、始めて未曾有の大震災だったという事を知ったのだそうです。
水も食料もガソリンも足りず、携帯電話はかからず、インターネットも使えず、被災者たちは自分たちがどんな状況なのか、そもそも何が起きたのかすらわからない状態でした。とにかく逃げ、避難所へ辿り着くのがやっとだった人たちにとって、河北新報の新聞記事だけが情報源だったのです。
幸い本社ビルには自家発電設備があったので、電気を使うことができました。夜になると周りは真っ暗な中で、このビルだけが明るく近所の人から、ブラインドは開けておいて欲しいと頼まれたそうです。
地震から数日たち、少しずつ被害の大きさがわかってきました。死者が万単位だろうという県の発表を新聞一面の大見出しにするのに、『死者「万単位に」』という言葉を使うのには躊躇しました。全国紙や他の地域の新聞ならそう書けたかもしれません。でも、河北新報では、その表現に悩みました。他人事ではなく自分事として考えた末、『犠牲「万単位に」』という大見出しに決定したのです。
われわれはみな被災者だ
今は誰かを責めることは絶対にするな
自分も被災者であるという立場で新聞を作り続けた河北新報。地元の人との関わりの中での報道ということを必死に考え、新聞を出し続けている姿に、胸が熱くなる箇所がたくさんありました。
新聞離れが進むこれからの時代でも、河北新報はきっと生き残っていけると信じたいです。
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3733冊目(今年337冊目)
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