『治したくない ひがし町診療所の日々』 斉藤道雄 25-335-3731
「ひがし町診療所」という精神科の医院が北海道浦河町にあります。ここを開設した川村先生は、これまでの精神科の考え方とは全く違うことを実践しています。ここにを受診しに来るのは主に総合失調症とアルコールなどの依存症の人たちです。普通の病院だったら入院になってしまような人であっても、ここでは、なるべく通院できるようにと考えています。
薬はもちろん大事です。入院している間は看護師さんに「お薬飲んでくださいね」と指示されるから飲めていたものも、ひとり暮らしだとそれを維持するのは大変なことです。だからといって強要するのではなく、本人が進んで薬を飲もうと思うような環境作りが大事だというのが、「ひがし町診療所」のポリシーです。
そのために必要なのは「会話」だと考えています。患者さんの症状はそれぞれ違います。本来は、それを話してもらわないと治療などできるはずはないのです。「誰かがわたしの悪口を言っているような気がする」とか「あの人が嫌い」とか、どうしてそう思うようになったのか、どういうときにそう感じるのか、そういう話をしてもらいたいのです。
だから、診療所に来てもらっても、訪問診療をしていても、病気の話はほとんどしません。畑の話とか、おいしいものの話とか、時にはクマが出たぞとか、そういう話をする中で、少しずつ本人の気持ちがわかってくるのです。
川村先生はグループホームも作りました。患者さんによっては、家族の所へ戻るとかえって症状が悪くなる人もいるのです。グループホームの先輩から後輩へ、アドバイスしてくれることもあるそうです。診療所の人から「薬をちゃんと飲んでね」と言われても、言う事を聞かなかった人が、「あたし、この薬を飲んだら気持ちがおだやかになったの」って先輩から水が入ったコップと薬を渡されたら、素直に飲んでくれたという話には、驚くばかりです。
アルコール依存の人には、「あなたがだらしなくて酒をやめられないのではなく、これは依存症という病気だから」と説明し、同じような症状がある人たちの集まりに行って、みんなの話を聞いてみたらいいよとアドバイスしたり。要は、本人が納得することが大事だという信念がそこにあるのです。
患者さんたちを隔離することばかり考えてきた、これまでの精神科の医療は間違いであるということ。医療者が患者の上に立って、勝手に「治そう」としているところに問題があるのだという、この診療所のスタンスは、実に素晴らしいと思います。
この考え方は、精神科以外の医療であっても同じだと思います。上から押し付けられると、無意識のうちに反発する気持ちが湧きます。血圧の薬などを、「こんなに飲めるか!」と言って処方された薬を残している人を、わたしは何人も知っています。でも「医師にどうしてこんなに飲まなければいけないんだ」と聞くことはしません。医師はエライ人だから反論できないと思い込んでいる人が多いのかもしれません。
本人が自分のことを語ることによって、医師にも、そして何より本人が自分の状態を理解する、それが大事なのです。医療機関の人が偉いのでもなく、患者が偉いのでもなく、平等な立場で話ができる医療、それこそが理想なのだと、この本を通じて初めて知りました。
「健常者って、たいへんらしいぞ」
そりゃあ、仮面かぶって鎧をつけて、自分の思いも語れないんじゃ生きていくのはたいへんだ。応援が必要なんじゃないか。そういう想いが浦河の精神障害者のあいだには広がっている。というのが健常者支援という言葉の意味だった。
精神病を直すということは、病気以前の自分に戻ることではない。そもそも「治す」ということ自体が健常者中心の発想ではないか。
「健常者支援」って衝撃的な言葉ですよね。「普通でありたい」という、おかしな妄想に取り憑かれているのが健常者なのだとしたら、その論理で振り回される方はたまったもんじゃありません。そう考えると、どっちが精神病なのだか分からなくなってきました。
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