『スカートと女性の歴史』 キンバリー・クリスマン=キャンベル 26-85-3844
スカートと女性の歴史
SKIRTS:Fashioning Modern Femininity in the Twenttieth Century
キンバリー・クリスマン=キャンベル
Kimberly Chrisman-Cambell
風早さとみ(かざはや さとみ)訳
原書房
米国 2022
彼女の半袖ドレスはノースリーブに変わり、リネンの帽子は「ランラン。バンド」と呼ばれたヘアバンドに変わり、たくさんの模倣品が生まれた。ヒールのある編み上げブーツの代わりに、彼女は白のドスキン(雌鹿の皮に似せた高級紡毛織物)で作られた、フラットなゴム底の「ランラン・シューズ」を履いた。
第二章 テニス・スカート
1919年、20歳のフランス人のスザンヌ・ランランが登場するまで、それまでの女子テニス選手は長袖ブラウス、それも首までキッチリ締まり、スカートはフルレングス、おまけにコルセットまでつけていたのです。靴はヒールのある革靴、要するに、普段の服装が白くなっただけです。ラケットの動きをスカートが邪魔し、コルセットが身体をひねる動きを妨げていました。
最初は下品だと言われたランランの服装でしたが、より高度な動きをするためには、動きやすい服装が必要なのだということが示されたのです。
その後、ウェアだけでなく、テニスは時代を先取りしていきました。ビリー・ジーン・キングは男女の賞金格差に端を発した男女同権運動でリーダーシップを取り、「女性によるテニスツアー」を提唱し、1973年に女子テニス協会(WTA)を創設しました。21世紀になってからは、スカートやショートパンツではなく、全身タイツでプレイしたセリーナ・ウィリアムズに対して批判が浴びせられたこともあります。
T型フォードが自動車産業を間違いなく変えたように、シャネルの「フォード」はオートクチュールの世界を変えた。
第三章 リトル・ブラック・ドレス
黒いストンとした、ウエストのくびれがないひざ丈ドレスは、シャネルの会心作です。男性が背広を着るように、女性が働くために、外を出るために作られたデザインです。これまでのコルセットやペチコートで立体感を作り出していたのとは、正反対のデザインです。シャネル自身、生涯このスタイルのドレスを着ていました。
第四章 ラップドレス
女性の社会進出が進み、働く女性のための服装が求められるようになりました。より動きやすい、より着やすい服が求められるようになりました。そこで登場したのがラップドレスです。
巻き付けるだけ、ボタンやジッパーなしで簡単に着られるので、重宝されました。高級な素材で作ればお洒落なドレスにもなるし、木綿で作れば日常着になります。このデザインの服の型紙も多く売れ、自分で作る人もかなりいたそうです。
ラップドレスは着物的なデザインなので、多少の体格差はカバーできてしまいます。短くすればブラウスに、長くすればワンピースにと応用が利くところも人気の秘密だったのだと思います。
第五章 ストラップレス・ドレス
ローブ・デコルテという女性の最も正式な夜の礼装(男性の燕尾服に相当)をアメリカ流にセクシーに展開したものです。肩ひもなしですから、胴体をしっかりと固めて胸を強調しています。このドレスで有名なのは、やっぱりリタ・ヘイワ―スですよね。第二次世界大戦中、彼女のピンナップを多くのアメリカの兵士がポケットに入れていたという逸話が残っています。
第七章 ネイキッド・ドレス
何と言ってもケネディ大統領の誕生日祝賀会で「Happy Birthday, Mr. President 」と歌ったマリリン・モンローのドレスですよね。これは、体の補正も下着もなしの、彼女のような素晴らしい肉体の持ち主でないと着られないドレスです。
全十章の中から、気になったところを書き出してみました。
女性はスカートを履くものという西洋の歴史の中で、スカートが短くなり、女性の足が見えるようになったのは、ほんの100年前のことです。その100年の歴史を辿っていくと、女性がいかに社会進出してきたかがわかるし、女性の服装を中心としたファッションが庶民にまで広まるようになったことや、新しいスタイルに対する風当たりの強さなど、様々な歴史があったことが良くわかりました。
20世紀初頭になっても、ブルマー(今のようなものではなく、足がすっぽりと隠れるもの)を履いただけで捕まるという事があったのですが、実は1970年代になっても、まだ女性がパンツスタイルでは入れない場所がありました。パンタロンが流行り始めた頃、某有名ホテルのレストランで入店を拒否されたことがあったそうです。その時のジャケットの丈が長かったので、それをワンピースとみなして、パンツを脱いで入店ができたそうです。
☆服飾の勉強をしたわたしからの注釈
・ドスキンが布の名前だと知る人はもう少数派でしょうね。ドスキン(doeskin)はメスの鹿革に似ているというのが語源です。オスの鹿革が語源のバックスキン(buckskin)の方が有名かもしれません。
・この本を書いたのはアメリカ人なので、ドレスと表現している箇所が多いのですが、高級品だからドレスという言葉を使っているのではありません。日本人の感覚だと、この言葉はワンピースと置き直すとわかりやすいと思います。
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