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『女中がいた昭和』 小泉和子 26-63-3822

Jotyugaita

女中がいた昭和

小泉和子(こいずみ かずこ)

河出書房新社

 わたしが幼稚園児だった昭和30年代、女中さんという名称は既にお手伝いさん、家政婦さんに変わっていました。でも、住み込みでこの仕事をする人は、まだ結構いました。

 幼稚園の同級生「ますみちゃん」の家には「しーちゃん」という子守がメインのお手伝いさんがいました。お母さんが仕事で忙しいので、来てもらったそうです。小学校の4年生の時に、ますみちゃんと、わたしと、しーちゃんの3人で、アイドル番組の公開録画を、観に行ったことがありました。

 そして、「女中として働いていた家の奥さんに気に入られて、そこの長男と結婚したのよ」という話を、小学校の同級生のおかあさんから聞いてビックリしたことがありました。その家は近所では珍しいホワイトカラーのサラリーマン家庭でした。

 

 わたしの母の実家では、子どもには子守を1人ずつつけていたそうです。呼び名は、「まさ」なら「まさや」のように「や」をつけて呼んでいたそうです。「ねえや」じゃなかったのは、何人もいるから一人一人区別するためだったのかしら。

 子守の時代が終わると、そのまま女中や下男として、そこの家で働いていたそうです。女の子が嫁に行くときには「ちゃんと嫁入り道具を揃えてあげた」んですって。ですから、その家で葬式があるとか、大掃除するとかという時には、その子たちが手伝いに来ていたそうです。

 

 これは、わたし自身のことですけど、幼稚園へ行くまでの年頃、子守をしてくれる近所のおばさんの所へ預けられていました。今でいう保育ママさんみたいな感じですね。当時は内職をしている主婦が大勢いたけど、それよりは割のいい仕事だったのかもしれません。

 

 この本には、女中さんの仕事、待遇などが事細かに書かれているのですが、日本の近代化によって生まれた職業だという事を初めて知りました。掃除や洗濯は昔ながらの方法だけど、アイロンかけや、洋風の料理など、新しいこともたくさん覚えなければならなくて、さぞかし大変だったのでしょうね。

 でも、当時の女性は女中になるか女工になるかくらいしか、職業の選択肢がなかったんですよねぇ。それにつけこむ、悪い斡旋業者もいたし、まともな紹介だとしても、どんな家に行くかで天国と地獄ですからね。住込みだから実質24時間営業みたいなものだし、その家の男性から襲われる危険もあるし、とにかく大変な毎日だったことでしょう。そういう時代があったということを、こうやって本にしてくれたことに感謝です。

3822冊目(今年63冊目)

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