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『雀ちょっちょ』 村木嵐 26-89-3848

Suzumechoccho

雀ちょっちょ

村木嵐(むらき らん)

文藝春秋

 太田直次郎は、狂歌の「大田南畝・四方赤良」として知られた人です。大河ドラマ「べらぼう」では明るく豪快な人として描かれていました。でも、この物語を読んでいると、あれは狂歌の世界での顔であって、御徒という下級武士としての直次郎は、家庭を大事にする真面目な人だったことがわかります。

 太田の家には困った遺伝があって、一代に一人、気を病む人が現れるのです。直次郎の兄もそうでした。ですから次男である直次郎が家を継いだのです。そして、直次郎の長男・定吉にも、同じような兆候が見えていました。

 

 田沼時代には自由な空気がありました。黄表紙も狂歌も自由に発表することができました。この時代の直次郎は、大田南畝として大いに活躍していました。しかし、田沼意次が失脚し、寛政の改革で文化統制が敷かれてしまいました。

 平賀源内から高い評価を受けて有名になった大田南畝。彼の周りに集まる蔦重、朋誠堂喜三二、恋川春町、「べらぼう」で見たあの人たちの顔が浮かびます。その中でも、一番親しくしていたのが石川雅望(宿屋飯盛)です。彼は定吉を大事にしてくれただけでなく、「何かあったら、お父さんのところへ帰るんだよ」という言葉を掛けてくれていたのが、心に沁みました。

 喜三二が国許へ戻り、春町が切腹したことで、直次郎は動揺します。いくら好きだからと言って、好き勝手に狂歌を詠んでいることはできない。息子があのような子だから、自分が家を守り続けなければならない。それが一番大事なことだと決意したのです。

 

白河の清きに魚も住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき・・・

 こんなことは公には言えませんが、直次郎の素直な気持ちだったのでしょう。単調な仕事をこなし、学問を究め、75歳の人生を全うしました。優れた文人であることよりも、家族を第一に考えた彼の一生は素晴らしいものでした。

 

 「まいまいつぶろ」の村木さんだから、きっとこの作品も面白いだろうという、わたしの予想は的中しました。人の弱さを優しく見つめてくれる村木さんの文章は、やっぱりいいですね。勇ましいだけが武士ではないのです。人を思う優しさがあってこそ、立派な人なのですよね。

3848冊目(今年89冊目)

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