『サイレントシンガー』 小川洋子 26-62-3821
リリカは、おばあさんと一緒に「アカシアの野辺」という施設で暮らしていました。ここに住む人たちはパンやお菓子やジャムを作ったり、羊を飼ったりしています。施設の入口にある門番小屋に、ここで作られた食べ物や毛糸を売る即売所があって、おばあさんは、ここの店番と施設の様々な仕事をしていました。おばあさんが亡くなってからは、リリカがその仕事を引き継ぎました。
ここに住む人たちは言葉を発しません。ここでのみ通用する指話であいさつすることで事足ります。ですから、ここでの生活はとても静かなものです。
やがて、リリカは歌を歌うようになりました。先生は彼女にときどき歌のアルバイトを頼んできます。でも、どの仕事の時にもこう言うのです。「上手く歌おうとしなくていい、楽譜通りに、相手の指示通りに歌えばいい」
夕方になると町役場から流れる「家路」も、人形の声も、コマーシャルソングも、誰もリリカの声だと気づきません。リリカ自身、それでいいと思っています。
いかにも小川さんらしい、静かな物語です。
リリカが持つ、静けさを愛する気持ちは、せっかく仲良くなったあの男の人にもわかってもらえなかったようです。どんなに多くの言葉を尽くすより、指で表すわずかな言葉の方が、心に届くのです。誰が歌っているのかわからなくても、心に届く歌があるのです。
「完全なものは、自然にしか作れないんだからね。人間の手で完全を目指そうなんて、図々しいにもほどがある。じたばたしたって仕様がない」
おばあさんから聞いたこの言葉をリリカは、一生胸の奥にしまっていたのかもしれません。
3821冊目(今年62冊目)
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