『夕暮の緑の光』 野呂邦暢 26-206-3965
野呂さんの本は「愛についてのデッサン」と「野呂邦暢 古本屋写真集」しか読んだことがないのですが、読友さんたちがとにかく絶賛されているので、このエッセイ集を読んでみようと思いました。
長崎市の隣の諫早市で1937年に生まれた野呂さん。長崎に原爆が落とされた時、幼かった彼は、その時の赤い空が忘れられないと語っています。
教官も助教助手も厳しかった。夏の炎熱にわたし達が喘いでいるときも激しい気合が飛んだ。しかし、「代わりはいくらでもいるからな」といわれたことはなかった。東京での生活に比べたらそこが大きい違いだった。
高校を出た後、東京のガソリンスタンドで働いていたときには、タダの労働力という扱いを受けていた彼にとって、佐世保で入隊した自衛隊では人間として扱われたことが、何よりの救いだったのでしょう。その時の経験が芥川賞を受賞した「草のつるぎ」を書かせたそうです。
東京にいなければ書けない小説があるだろうか。人間のいるところに生活はあるので、文化とは生活の一つのかたちであってみればどこに暮らしていようと小説は書けるのである。
野呂さんが、故郷の諫早で暮らすと決めたのは、こここそがが自分の生きる場所と感じていたからなのでしょうね。ここなら、自分らしく生きて行けると思える場所があるのは、すばらしいことです。
どの文章も、風景が見えてくるような気持ちにさせられるものばかりですが、一番印象に残ったのは、昭和21年の天皇の国内巡幸を見に行った話です。当時の小学生は、はだしで学校へ通っていました。教師たちは、天皇を駅で迎える小学生たちがはだしでは畏れ多いと考え、子どもたちは自分で作ったワラ草履を履いていったのだそうです。
終戦からたった1年、みんな貧しかったのに、大人がそんな見栄を張りたがったというところに、日本人の建前主義を感じました。前の方には有力者たちが並び、自分たちの足元など見えるはずもないのにと、野呂さんは思い出を語っています。
野呂さんが書かれた文章は、川風がそよそよと吹き、草がたなびくような気持ちにさせてくれます。そして、わたしの子どもの頃の記憶も呼び覚ましてくれました。今よりも、ずっとのどかだった景色が脳裏に浮かんできます。
3965冊目(今年206冊目)
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