『見えるか保己一』 蝉谷めぐ実 26-235-3994
辰之助は、小さな時から抜群の記憶力を持っており、一度読んだり聞いたりしたことを、すべて頭の中に収めることができました。頭の中の知識が多くなってきてからは、頭の中に引出しがあって、それを整理整頓していたという文章を読んでいて、レインマンのモデルになったキム・ピークのことを思い出しました。彼も頭の中の情報をきちんと整理していると語っていたのです。
辰之助は幼くして視力を失いました。でも、誰かに本を読んでもらえば、すべて覚えられました。学者になりたいという夢を持った彼は、江戸を目指しました。
江戸時代、男性の盲人は当道座(とうどうざ)という視覚障害者の自治組織を作っていました。千弥と名を変えた辰之助も、この組織の中で、按摩・鍼灸・音曲などの専門技術を学ぶことになります。
当道座は、上から、検校、別当(べっとう)、勾当(こうとう)、座頭(ざとう)の4つの階級に別れていました。座頭は按摩などの勉強をするだけでなく、借金の取り立てへも行かなければなりません。それがイヤでたまらないけれど、逃げることもできません。
眼が見えない分、手先は器用であろうと目明きは言いますが、千弥は按摩や鍼灸が上手くなりません。しかし彼は頭がいいものですから、つい細かい説明話をし出すと、「何かと理屈をつけて」と文句を言われることも多く、このままでは、自分は何者にもなれないと悩みます。
大河ドラマ「べらぼう」で、鳥山検校が話し相手の声の調子や、足音などで相手の心を読み、相手から驚かれるという描写がありましたが、千弥も同じように自分の周囲の状況を感じ取っていたのですが、その話をすると「見えているのか」と驚かれることもあれば、「気持ち悪い」と言われることもありました。そして、誰にも話すことができない「周りからの視線」に関する気持ちは切ないとしか言いようがありません。
そんな気持ちを察してくれたのか千弥の師匠である雨富検校は、彼が勉強するのを許し、按摩の客にまで「本を読んでやってくれ」と言ってくれるようになったのです。
学者の道へ進む最初の一歩を作ってくれたのが四方赤良(よもの あから)、あの大田南畝です。狂歌を通じて知り合った彼は、率直で、素直な言葉をかけてくれる人でした。彼のおかげで、人脈が広がっていきました。
学者になるためには、眼が見えないというのはかなりのハンディキャップです。でも、周りの人たちの力を借り、努力し、彼は塙保己一となりました。そして、日本古来の歴史・文学・法制などの膨大な文献を集め、分類・整理し『群書類従(ぐんるいじゅう)』を編纂し、和学講談所(わがくこうだんじょ)の設立も成し遂げました。
保己一は、按摩でも針灸でも音曲でもなく、学問で出世し、最終的には総検校になっています。
「眼も見えないくせに」と下に見ていた周りの人たちが、彼の才能を理解するにしたがって、少しずつ嫉妬し始めるところが、なんとも滑稽というか、愚かですねぇ。でも、人間とはそういうものなのでしょうね。
最後に「見るなよ、保己一」と言った幼馴染は、やっと保己一の呪縛から逃れられたという事なのでしょうね。それほど保己一とは人を惹きつける力を持った人だったということなのでしょうか。
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