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『エルトゥールル号の遭難』 寮美千子 26-227-3986

Erutururu

エルトゥールル号の遭難

寮美千子(りょう みちこ)

磯良一 (いそ りょういち)イラスト

小学館クリエイティブ

1985年3月、イラン・イラク戦争の開戦直前、在イランの日本人200名以上は脱出方法が見つからずに生命の危機に瀕していました。その時、トルコ政府は2機のトルコ航空機をテヘランへ派遣して、215人の在留邦人を救出してくれました。感謝の言葉を述べる日本人に対し、トルコ政府は「私たちは100年前の日本人の恩を忘れていません」と答えました。その恩とは、本書が描く「エルトゥールル号の遭難」です。

 

 この物語を、エルトゥールル号自身が語っています。1889年7月、トルコ皇帝の命を受け、明治天皇への贈りものを届けるためにエルトゥールル号は500人の乗組員を乗せ、出航しました。この船は軍艦ですが木造で、蒸気機関の動力と帆で得る風力を使って航行します。見た目はとても豪華な船でしたが、古い船だったので、修理をしながらの旅でした。

 イスタンブールから横浜まで、11か月もの時間をかけてどうにか到着し、後は陸路で明治天皇への贈りものを届けることができました。そして、やっと帰路に就こうとした時には、1890年9月になっていました。この時期の日本には台風が頻繁に来るので、少し待った方がいいと忠告されましたが、トルコ本国から「すぐに帰れ」と命令されたエルトゥールル号は、横須賀港を9月15日に出発し、次の日、16日に紀伊大島沖で台風に巻き込まれ沈没してしまったのです。

 灯台を目指して泳ぎ、助けを求めたトルコ人たちを、紀伊大島の人たちは一生懸命に助けてくれました。海に投げ出されて低体温症になっていた人を漁師が裸になって抱きついて温め、ケガした人は治療をし、小さな島の中で食料と着るもの(その中には女物や子どものものまであったそうです)をかき集め、灯台にたどり着いた63名と、漁師に救助された6名、合計69名が助かりました。

 彼らを日本の軍艦がイスタンブールまで送り届けました。

 島の人たちはその後も捜索を続けていたそうです。海岸に打ち上げられたり、海に潜って見つけた遺体、合わせて230体の亡骸を、きちんと埋葬(土葬)してくれたそうです。それ以降に見つかったサーベルやピストル、金貨や銀貨が詰まった箱などは、オスマン帝国海軍へ返還されたそうです。

 この恩を忘れないトルコの人たちは、イラン・イラク戦争の時に危険を顧みず、日本人を助けてくれたのです。

 

 トルコは日本に対してとても友好的な気持ちを持つ国です。初めて会ったトルコ人から、ボスポラス大橋(現在は「7月15日殉教者の橋 」)は日本が作ってくれた。とても感謝している。」と言われて驚いたことがあります。この橋がイスタンブールのアジア側とヨーロッパ側をつないでおり、アジア側に住む労働者はこの橋を渡ってヨーロッパ側に仕事にいくのだと、教えてもらいました。

 この本に書かれているようなトルコと日本の歴史を、日本の人も知らないといけないと思います。トルコと日本の友好関係がいつまでも続きますように。

3986冊目(今年227冊目)

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