『からゆきさん』 森崎和江 26-269-4028
ロシアへ渡った女性たちのことを調べているうちに、結局「からゆき」さんに行きついてしまいました。
「からゆきさん」とは、江戸時代の末期から昭和の初めころ、九州西部・北部から唐天竺へ渡った女性たちのことをこの地方の人たちが「唐行きさん」と呼んだことから付いた名前です。最初の頃の行先は唐だけでしたが、ロシア、韓国、そしてシンガポールなどの東南アジアまで、日本の軍隊が行くところすべてに女たちは売られていきました。
飢饉があったり、親が借金をしたりしなくても、そもそも貧しい暮らしをしている家の女の子は売られていくのが常でした。『すごい長崎 日本を創った「辺境」の秘密』で語られていたように、長崎の娼館にいられた子は幸運な方です。年季が開ければ自由になれたのですから。海外へ売り飛ばされてしまった子たちの多くは、若くして病死しています。外国で身寄りもなく、将来の夢もなく精神に異常をきたして死んだ子も大勢いました。
そんな彼女たちが言っていた、日本人相手よりも西洋人相手の方が人間らしく扱ってもらえたという言葉は余りにも悲しいです。
韓国に日本人居留地ができると、そこで韓国人女性が働くことが禁じられたのです。そこの娼館で働いているのがわかったら死罪だったというのです。なぜなら、韓国では男性は妻を何人も持つことができましたが、夫が死んだ後、妻は再婚を許されていませんでした。生きるために身を売ることがあったのは間違いありません。でも、それが見つかると死罪。身を売らなかったら飢え死。余りにひどい。
建前上、韓国女性を使えないので、日本から女性を送り込んでいたというのです。どちらにせよ、人間扱いされていません。
上海の娼館から、シンガポールを経て、インドへ渡り、そこでマッサージ業で財を成したという強者もいましたが、そんな人はほんの一握りです。日本から外国へ「出稼ぎ」に行った女性たちがどれほどいたのか、数字など分かるはずもありませんが、この人身売買を国も咎めるどころか推奨していたのです。
こういう歴史を隠そうとする人たちが大勢います。でも、これが事実なのですから、記録をきちんと残し、後世の人に伝えるべきです。そうしないと、また同じ過ちを繰り返すことになってしまいますから。
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